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急ぐ理由 第7話

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評価基準の見直し会議は、十一月の第一週に開かれた。

出席者は、資産経営課の職員四人と、営繕の技師が一人。

黒瀬が、新しい重み付けの表を配った。

劣化度、将来更新費、送迎・運営コスト、複合化効率。この四項目の配点を上げ、床面積あたりの利用者数の配点を下げる。

「理由を説明する」

黒瀬は言った。

「これまでの基準は、利用の多寡に寄りすぎていた。利用が多くても、更新に十億かかる施設はある。利用が少なくても、他と複合化すれば安く残せる施設もある。将来の負担で見た方が、判断としては正確だ」

営繕の技師がうなずいた。

「技術的には、そのとおりだと思います」

異論は出なかった。

黒瀬の説明は、公共施設マネジメントの考え方として、間違っていなかった。

会議の後、樫村が資料を借りに来た。

窓口業務の合間だった。

「これ、全施設に適用するんですか」

「する。特定の施設のための基準じゃない」

黒瀬は即答した。

樫村は表を見ていた。

「劣化度の係数、前の一・五倍ですね」

「そうだ」

「送迎・運営コストの項目は、新設ですか」

「新設だ」

樫村は、数字を追っていた。

七十一施設のうち、この基準変更で順位が大きく動くのは、山間部の施設だった。中でも檜倉保健センターは、劣化度が高く、送迎コストが突出している。

新しい重み付けを当てはめると、檜倉の継続評価は他のどの施設よりも大きく下がり、廃止候補の最上位に近づく。

「この基準、いつから検討してたんですか」

「先月からだ」

「檜倉の点検を、来月に入れましたよね」

黒瀬は答えなかった。

樫村も、それ以上は聞かなかった。

三崎も、同じ資料を見ていた。

基準そのものに、間違いはない。全施設に等しく適用される。作り方も、公共施設マネジメントの標準的な考え方に沿っている。

ただ、記録に残っていないものがあった。

なぜこの時期に変えたのか。他にどんな重み付け案を検討し、なぜそれを採らなかったのか。誰が確認したのか。

会議録には、こうあった。

新評価基準について説明。異議なし。

三崎は、その一行を自分で書いていた。

檜倉保健センターの詳細点検は、十一月の下旬に行われた。

山間部の集落にある。中心部から車で四十分。木造平屋、築三十四年。

点検は二日かかった。

二日目の午後、業者から連絡が入った。

黒瀬と三崎、営繕の技師が現地に向かった。

床下に潜った技師が、しばらく出てこなかった。

出てきて、こう言った。

「土台の一部に、想定以上の腐朽があります。シロアリの痕跡も。この規模だと、部分補修では対応できません」

「危険な水準か」

黒瀬が聞いた。

「今すぐ倒れる状態ではありません。ただ、あと数年このままなら、大きな地震で持たない可能性があります」

黒瀬は報告書を受け取った。

写真が添付されていた。土台の木材が、指で押せば崩れる状態になっている。

帰りの車の中で、樫村の代わりに同行していた若手が言った。

「よく分かりましたね」

「点検の結果だ」

黒瀬は前を向いたまま答えた。

「でも、あのタイミングで基準を変えなかったら、檜倉は今年の点検対象に入ってませんよね」

黒瀬は答えなかった。

三崎が助手席で、その会話を聞いていた。

課に戻ってから、話は広がった。

「黒瀬さんは、最初から分かっていたらしい」

そう言う職員がいた。

「見抜いてたってことですか」

「基準を変えたのが先で、点検はその後だ。順番からして、そうだろう」

黒瀬の評価は、また少し上がった。

三崎が一度、直接聞いた。

「黒瀬さん、檜倉の劣化、事前にご存じでしたか」

黒瀬は資料から顔を上げた。

「知らん」

「じゃあ、なぜ」

「通常点検の記録に、床の沈みの記述があった。三年前と五年前。要観察で止まっていた」

黒瀬は言った。

「詳しく調べれば、何か出る可能性は高いと思っていた。それだけのことだ」

「それは、庁内で説明されましたか」

黒瀬は答えなかった。

三崎は、その沈黙の意味を考えた。

十二月の庁議で、檜倉保健センターの廃止方針が報告された。

榛葉が言った。

「危ない建物を、事前に見つけたわけか」

「点検で判明したものです」

黒瀬はそう答えた。

否定はしなかった。

事前に見つけた、という言い方を、訂正もしなかった。

会議室の空気は、それで固まった。黒瀬の判断は、また一つ正しかったことになった。

その夜、黒瀬は執務室で報告書を読み返していた。

新基準は、自分が作った。理由も説明した。適用は全施設だ。

床下の腐朽が見つかったのは、点検の結果だ。

基準を変えたのが先で、深刻な劣化が確認されたのは後だった。それだけで、何かを偽ったわけではない。

そう自分に言い聞かせた。

言い聞かせるという行為が必要になっていることには、気づいていなかった。

三崎の中では、そのころ、小さな違和感が形を持ち始めていた。

黒瀬は、嘘をついていない。

ただ、訂正できたはずのことを、訂正していない。

この話のFM豆知識

FMの教訓:評価基準を変えた理由と、いつ何が分かったかを記録し、誤解があれば訂正する。

◆ この話で扱う仕事

関係するFMの仕事:評価/統括マネジメントの規程・データ管理

施設を比べる項目は、市が何を改善したいかに合わせて決めます。点数の付け方を変えると、改修や廃止を優先する順番も変わります。全施設に同じ計算をしていても、その計算方法が適切とは限りません。なぜ項目や配点を変えるのか、他の配点ではどうなるかを示し、確認を受けてから使います。

◆ 配点を変えた理由と、他の案との比較を残す

建物の傷みや将来の修繕費を、以前より重く見ることには理由があるかもしれません。その理由と、変更前後の点数を残します。複数の配点を試した場合は、採らなかった配点とその結果も保存します。後から読む人が、特定の施設を廃止するために配点を変えたのかを確かめられるようにします。

◆ 判断した時点で知っていたことを説明する

後の調査で重大な傷みが見つかると、最初から分かっていたと受け取られる場合があります。そうした説明が会議で出たときは、自分に都合がよくても訂正します。判断前に把握していた症状、後で調べて初めて分かった状態、その間に行った作業を、日付の順に示します。

◆ 物語の場面

評価基準を変えた後、檜倉の詳しい点検で、土台の木材が腐っていることが分かります。黒瀬が事前に知っていたのは、過去の点検に床の沈みが記されていたことです。詳しく調べれば何か見つかる可能性を考えていましたが、土台の状態を確認したのは今回の点検でした。庁議では、黒瀬が危険を先に見抜いたという受け止め方が広がります。配点を比べた案も、決裁の資料には残っていませんでした。

■ 担当者が行うこと

変更前後の評価基準、別の配点で計算した結果、変更理由、確認した人と日付を保存してください。同じ傷みを複数の項目で重ねて数えていないかも確かめます。施設の順位を決める点数は、構造の安全性を診断する結果とは分けます。説明では、判断時に分かっていたことと、後の調査で判明したことを区別してください。

確認する法令・計画・庁内のルールなど

  • 各自治体の文書管理・決裁規程:評価基準の変更案、比較した計算結果、採用理由、確認と決裁の記録を保存します。
  • 各自治体の施設評価基準・個別施設計画:評価する項目、配点、順位の使い道、基準を変更する際の手順を確認します。
つづく

※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら