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急ぐ理由 第4話

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公共施設マネジメント推進本部会議は、七月の第二週に開かれた。

議題は十件。大滝野生活改善センターは、七番目だった。

黒瀬が説明に立った。

築三十八年。屋上防水は改修履歴なし。残存年数三年以内。年間維持費三百万円。定例利用は年四十二日。

「利用一日あたりの経費は、およそ七万円になります」

黒瀬は言った。

「同種施設の平均は、二万四千円です」

会議室が、少し静かになった。

数字は、それだけで説得力があった。

「一つ、よろしいですか」

塩谷欣造が手を挙げた。

「定例利用が四十二日というのは、何を数えていますか」

「サークル、団体の定期的な利用です」

「地区の行事は」

「補足資料に記載しています」

塩谷は、配布資料をめくった。手元には二枚しかない。

「補足は、今日は配っていないんですね」

「必要があれば、お出しします」

黒瀬は即答した。

塩谷はしばらく黙っていた。

「行事の日数を入れると、単価はいくつになりますか」

「三万一千円です」

黒瀬は数字を持っていた。

「平均より高いことに変わりはありません」

「ええ。ただ、七万と三万一千では、印象が違う」

「印象で決める話ではないと思いますが」

「そのとおりです」

塩谷はうなずいた。

「だからこそ、両方出しておくべきでした」

黒瀬は答えなかった。

榛葉宗一郎市長が、資料から顔を上げた。

「廃止した場合、浮くのは三百万か」

「解体費を除けば、平年ベースで三百万です」

「その三百万は、どこへ行く」

黒瀬は、次のページを示した。

「桔梗台児童館の屋上防水改修に充てたいと考えています。あそこは今年、雨漏りが出ています。放置すれば、来年度は使用制限が必要になります」

榛葉は、少しの間、その頁を見ていた。

「使えなくなるところが出るのか」

「今のままなら、出ます」

「分かった」

榛葉は資料を閉じた。

「黒瀬に任せておけば、間違いない」

会議室の空気が、そこで決まった。

塩谷は、それ以上何も言わなかった。

廃止方針は、その場で決定した。

地区への説明は、八月に二回行われた。

反対は出た。だが、強い反対ではなかった。集会所の機能は、五百メートル先の農業研修施設へ移すことになっていた。研修施設は築十五年で、空調も新しい。

久遠田松江が、二回目の説明会で発言した。

「研修施設は、鍵が中心部の管理なんですよ」

「利用申請は、これまでどおり地区でできるようにします」

「当日、急に使いたい時は」

「事前申請が原則になります」

久遠田は、しばらく黙っていた。

「分かりました」

そう言って、座った。

その発言は、会議録に一行残った。利用手続きに関する意見あり。

解体は、十一月に終わった。

跡地は舗装され、地区の駐車場になった。祭りの日には、そこに車が停められるようになった。

翌年度、桔梗台児童館の屋上防水改修が実施された。

工事は夏休みの期間に行われ、学童保育は休止せずに済んだ。雨漏りは止まった。使用制限は、かからなかった。

黒瀬は、その報告を三崎に見せた。

「これが、結果だ」

三崎は報告書を読んだ。

児童館の利用児童は、日に四十人前後。休止していれば、その全員が行き場を失っていた。

「守れたんですね」

「守れた」

黒瀬は言った。

「町民会館の時は、守れなかった」

三崎は、その言い方を覚えていた。

六年かけて、建物もサービスも守れなかった。今回は半年で決めて、四十人の居場所を守った。

差は、決めた速さだった。

「あの補足資料、結局出さないままでしたね」

三崎が言うと、黒瀬は少しだけこちらを見た。

「聞かれれば出した。聞かれなかった」

黒瀬は、それきり資料に目を戻した。

三崎は、それ以上聞かなかった。実際、出していれば結論が変わったとも思えなかった。

秋祭りは、農業研修施設で行われた。

準備は、例年より手間がかかった。調理室の位置が違うため、動線を組み直す必要があった。前日の設営に、去年より二時間多くかかった。

参加者は、百二十人だった。前の年より、二十人少ない。

減ったのは、主に八十代の住民だった。研修施設までの五百メートルに、歩道のない区間がある。

樫村は、その数字を実行委員会から聞いていた。

課に戻って、三崎に伝えた。

「二十人、減りました」

「そうか」

三崎は、それをどこに記録すべきか分からなかった。

廃止の決定はもう終わっている。事後の評価をする様式は、この課にはなかった。

樫村は、自分の端末にその数字を書き込んだ。

参加者百二十名。前年比マイナス二十名。歩道未整備区間あり。

誰にも提出しない記録だった。

年度の終わりに、資産経営課の実績が庁内に報告された。

施設一件廃止。年間維持費三百万円削減。他施設の改修一件実施により使用制限を回避。

数字だけを見れば、非の打ちどころがなかった。

黒瀬は、その報告を読み返して、補足資料のことを思い出した。

結局、会議では一度も出さなかった。

出さなくても、結果は正しかった。

三百万円は、四十人の居場所になった。町民会館の六年で失われたものは、誰の手にも戻っていない。

黒瀬はそう考えて、報告書を閉じた。

一度だけだ、と思ったことは、もう思い出さなかった。

この話のFM豆知識

FMの教訓:維持費が減ったかに加え、判断に使った資料と、利用者への影響を確かめる。

◆ この話で扱う仕事

関係するFMの仕事:運営維持/品質・財務・供給の評価/改善

施設を廃止した後は、減った費用、使い続けられたサービス、利用者が困ったことを調べます。修繕した施設では、雨漏りなどが直ったか、利用を続けられるかを確かめます。既に起きた不具合を直す工事と、不具合が起きる前に行う点検や修繕は、目的と時期を分けて記録します。

◆ 費用や利用の変化と、判断の手順を別々に調べる

維持費が減り、他の施設の改修ができたことは成果です。それとともに、判断する人が必要な資料を読めたか、住民の困りごとを確認したかも調べます。結果がよくても、担当者だけが資料を持ち、他の人が内容を確認していなければ、次の案件で見落とすおそれがあります。

◆ 移転後に来なくなった人と、その理由を調べる

今の施設を閉めても、別の場所で同じ行事を続けられる場合があります。ただし、遠くなると、これまで来ていた人が来られなくなることがあります。参加者の総数だけでなく、どの年代や地区の人が減ったか、移動で困っていないかを調べます。人数が減った原因は、本人への聞き取りなどで確かめます。

◆ 物語の場面

大滝野の廃止で、解体費を除く通常の一年当たりの維持費が三百万円減り、桔梗台児童館の防水改修が進みます。一方、移転後の秋祭りは参加者が百四十人から百二十人になり、主に八十代が減りました。移動経路には歩道のない区間が増えています。樫村は人数の変化を記録しましたが、その記録は自分の端末に残り、報告には入りませんでした。

■ 担当者が行うこと

実施前に、費用、利用者数、サービスの内容を記録し、いつ比較するかを決めてください。実施後は、解体費、移転先で増えた費用、送迎費も含めて確かめます。参加者が減った場合は、減った人数と確認できた理由を分けて報告し、移動手段や開催場所の見直しが必要かを担当課と決めます。

確認する法令・計画・庁内のルールなど

  • 公共施設等総合管理計画・個別施設計画:実施後の費用や利用状況を調べ、その結果を次の計画にどう反映するかを確認します。
  • 各自治体の事務事業評価・施策評価:費用の削減だけでなく、必要なサービスを受けられたか、利用者の負担が増えたかを調べる際に確認します。
つづく

※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら