ep408

自治体FM物語第4巻 › 第8話
第4巻 第8話

梶原

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梶原(五十代半ば)は、皆川が想像していたよりも、ずっと快活な印象の人物だった。

捲り上げたシャツの袖から見える腕は、日に焼けている。現場へ出ることが多いのだろうか、と皆川は思った。

応接室に入ると、梶原は名刺を交換するより先に、皆川たちの研究について尋ねてきた。

「青葉市さんの取組が、他の自治体にどう広がったかを調べている、という話でしたよね」

「はい。湊原市さんが、青葉市の取組を参考にされた経緯を、お聞きできればと思っています」

「経緯ですか」

梶原は少し考えてから答えた。

「何か特別な出来事があったのかと聞かれると、そういうものはありませんね」

「では、何がきっかけだったんですか」

「こちらから電話したんです。青葉市の職員向けメルマガを読んで」

皆川は、すぐに疑問を口にした。

「そのメルマガは、どこで読まれたんですか」

「検索していて、たまたま見つけました。青葉市のホームページに、バックナンバーが公開されていたんです。それを読んで、こちらから連絡しました。青葉市から声を掛けられたわけではありません」

その言葉は、皆川の中で空いたままになっていた場所に、ぴたりとはまった。

長谷が言っていた。

——うちからは何も宣伝していません。向こうから勝手に連絡してきます。

あの時は、なぜ外部から連絡が来るのか、その経路が分からなかった。長谷自身も詳しく説明しなかったため、皆川は発言の意味を保留していた。

今、目の前にいる梶原が、その「向こう」だった。

長谷の証言と、梶原の証言。

二人は、同じ出来事を、まったく別の場所から見ていた。

青葉市は、積極的に広めようとしていなかった。ただ、自分たちの取組をメルマガとして公開していた。

湊原市は、それを自ら見つけ、読み、連絡した。

伝播は確かに存在した。

しかし、発信した側は、それを発信とは認識していない。受け取った側が、必要な情報を探し出し、自ら動いたことで生じた伝播だった。

接触までの経緯が見えたところで、皆川は次の段階へ質問を移した。

「青葉市さんに連絡した後、その仕組みを、そのまま取り入れたんですか」

梶原は、はっきりと首を横に振った。

「いえ。そのままではありません。青葉市のやり方をコピーしても、うちの人数では回りませんから」

「具体的には、どの部分を変えたんですか」

「メルマガに書かれていた考え方は参考にしました。ただ、項目や手順は、湊原市で使える形に作り直しています」

「青葉市さんから、具体的な制度設計を教えてもらったわけではないんですね」

「そうですね。教えてもらった、という言い方とも少し違います」

梶原は、言葉を探しながら続けた。

「考え方を持ち帰って、自分たちの条件に合わせた、という方が近いと思います。もっとも、項目や手順を簡素化する作業までは、うちだけではできなかったので、そこは外部に委託しました」

皆川は発言を記録しながら、田丸と目を合わせた。

田丸も、何かに気づいた顔をしている。

「連絡したのは湊原市側だった」という事実。

そして、「青葉市の制度を、そのまま導入したわけではない」という事実。

この二つが重なって、初めて伝播の輪郭が見えてきた。

青葉市から湊原市へ、情報は一方向に流れている。

しかし、制度そのものが移されたわけではない。

受け取った側が、自分たちの人数、組織、予算に合わせて、考え方を作り変えている。

それはコピーではなく、翻訳に近かった。

皆川はフィールドノートを開いた。

フィールドノート⑦ 湊原市・梶原氏

軸1 接触のきっかけ

梶原氏「こちらから電話した」

青葉市のメルマガを検索で見つけ、湊原市側から連絡した。

長谷氏の「向こうから勝手に連絡してくる」という発言と表裏をなす証言。

青葉市は積極的に伝えようとしていない。ただし、情報は公開していた。

湊原市は、自ら探し、読み、接触した。

仮説4:知見の伝播は、発信者の働きかけではなく、受信者の能動的な探索によって始まる場合がある。

軸2 コピーか翻訳か

青葉市の仕組みを、そのまま導入したわけではない。

持ち帰ったのは制度の形式ではなく、考え方だった。

項目や手順は、湊原市の人員規模や実務条件に合わせて簡素化されている。

制度の導入には、外部支援も使われている。

仮説5:知見は、そのまま複製されるのではなく、受け手の条件に応じて翻訳されることで定着する。

皆川は、ペンを止めた。

これまで、分からないことに出会うたびに、口癖のように言ってきた。

——なるほど、そうなんですね。

相手の言葉を受け止めるには便利な言葉だった。だが、受け止めたところで思考を止めてしまう言葉でもあった。

長谷と梶原の証言は、片方だけでは意味を持たなかった。

二つを並べ、違いを確かめ、間にある経路を考えたことで、ようやく伝播の仕組みが見え始めた。

皆川は、フィールドノートの最後に書き加えた。

今日から、口癖をやめる。

「なるほど、そうなんですね」だけでは、もう足りない。

分かったように受け止めるのではなく、何と何がつながったのか、何がまだ分からないのかを、その都度、言葉にする。

まだ、分からないことの方が、はるかに多い。

この話のFM豆知識

FMの教訓:他市の様式や手順は、作った目的を確かめ、自分の自治体で使える形に直す。

◆ 項目を減らす前に、何のための欄かを調べる

他市の記録票を取り入れるときは、各欄に何を残し、誰の判断に使うのかを確かめます。自分の自治体の業務に合わせて項目や手順を直すことを、本書では「翻訳」と呼びます。例えば記入欄をまとめる場合も、判断の理由や再確認する条件が読み取れるようにします。

◆ 外部の支援者にも実際の作業を確かめてもらう

外部の専門家に相談する場合は、今の資料、担当者、決裁の手順、作業に使える時間を伝えます。作ってもらった様式は、担当職員が実際に記入し、別の職員が読んで使えるかを試します。支援が終わった後に、誰が更新し、困ったときに誰へ相談するかも決めます。

◆ 物語の場面

梶原は、青葉市から持ち帰ったのは制度の形式ではなく、考え方だったと語ります。皆川は、相手の説明に相づちを打つだけでなく、どの項目や手順を変え、その理由は何だったのかを確かめようとします。自治体ごとの違いを具体的に聞く場面です。

■ 担当者が行うこと

元の様式や手順について、目的、変更した箇所、変更理由、代わりの確認方法を残してください。簡単にした後も、決裁、必要な情報の共有、実施後の確認ができるかを確かめます。試した後は、記入にかかった時間と、判断に役立ったかを聞き、様式を直してください。
つづく

※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら