珈琲三番地
珈琲三番地の奥の席では、石末が先に座っていた。
長谷と千々岩は、すでにコーヒーを飲み始めている。
「悪い、待たせたか」
「いや、俺たちも今来たところだ」
石末は、その日、大学院生の聞き取りを受けてきたばかりだった。
長谷も、千々岩も、それぞれ別の日に、似たような質問を受けている。
「石末さんも、『どうして続けられたんですか』って聞かれた?」
長谷が苦笑しながら言った。
「聞かれた」
石末は頷いた。
「うまく答えられなかったがな」
そこへ響矢が少し遅れて店へ入ってきた。
「私も呼ばれました。後輩の方でしたけど」
四人が揃うと、しばらくは他愛ない話が続いた。
やがて石末が、聞き取りでは話さなかったことを口にした。
「建物は人間より長生きだ、とは言った」
一拍置く。
「でも、本当は、もっと伝えたいことがあった気がする」
長谷が静かに言った。
「諫山さんのことか」
石末は、黙って頷いた。
千々岩も続けた。
「市長室に戻ってからの話だけど、あの人がいた頃は、役所全体の空気が少し違っていた」
「空気、ですか」
響矢が尋ねる。
「数字だけでは進まない、ということを、みんな自然に分かっていた」
響矢は、少し考えてから口を開いた。
「私は直接ご一緒したことは、ほとんどありません」
財政課にいた当時を思い返すように続けた。
「でも、長谷さんたちの仕事の進め方が、ある時期から変わったのは覚えています。本庁全体の雰囲気も、少し変わった気がしました」
誰も、それを否定しなかった。
しばらく四人は黙っていた。
やがて長谷が、小さく言った。
「あの子には、話さなかったな」
「話さなかった」
石末も、それだけ答えた。
なぜ話さなかったのか。
誰も、その理由には触れなかった。
夕方の光が、珈琲三番地の窓を静かに横切っていく。
四人は、それぞれ黙ったまま、冷めかけたコーヒーに口をつけた。
この話のFM豆知識
(豆知識は準備中)
※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら
一般財団法人 建築保全センター