白井の訪問
ゼミ室で、皆川が報告書を見直していると、扉が開いた。
「皆川、いる?」
ゼミのOG、白井美咲だった。
三十二歳。出張帰りらしく、スーツ姿でキャリーバッグを引いている。軽く癖のある巻き髪は、大学にいた頃と変わっていなかった。
「白井先輩。今日はどうしたんですか」
「近くまで来たから、寄ってみた。これ、見てもいい?」
白井は形式だけ許可を求めると、皆川の返事を待たず、机の上の報告書を手に取った。
一通り読み終えると、顔を上げた。
「面白そうなことをしてるね」
皆川は、素直に嬉しかった。
だが、白井はすぐに続けた。
「でも、うまくいった話ばかりでは、研究にならないんじゃない?」
皆川は、すぐに答えられなかった。
先ほどまで感じていた喜びが、急速に薄れていく。
「……まだ調査の途中です」
「行き詰まってるみたいだね、その様子だと」
白井は、少し言いすぎたと思ったのか、申し訳なさそうな顔をした。
それから、気分を変えるような調子で続けた。
「一度、うちに来てみたら?」
「白井先輩の職場ですか」
「たぶん、皆川がこれまで見てきたものとは、少し違うものが見られると思う」
「渚町役場でしたよね」
「いろいろあって、今は早瀬市役所」
皆川は、少し考えた。
青葉市では、仕組みが回り続けていた。
湊原市では、それが翻訳され、地域に合わせて作り直されていた。
では、それが根付かなかった場所では、何が起きたのか。
「分かりました。伺います」
白井が帰った後も、報告書の「結論」の欄は空欄のままだった。
皆川は、その空欄を埋めなかった。
今は、埋めないことの方が正しいと思えた。
この話のFM豆知識
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※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら
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