学会
蓑輪に同行し、皆川は地域政策学会の分科会に出席した。
会場の後方の席で、蓑輪が小声で説明した。
「次の発表者は桐島さんです。RFSC大阪事務所の所長で、現場をよく知っている方です」
桐島衛、五十八歳。
登壇した桐島は、資料をほとんど使わず、自身の言葉で話した。
白髪を短く刈り込み、角張ったスーツを隙なく着こなしている。元官僚らしい硬質な印象がある一方で、顔は浅黒く焼けていた。現場に出ることが多いのだろう。
発表の最後を、桐島はこう締めくくった。
「答えは現場にしかない。私は、いつもそう思っています」
質疑応答の時間、皆川は思い切って手を挙げた。
湊原市の少ない事例から、きれいな結論を書いてしまったことへの違和感が、まだ消えていなかった。
「一つの自治体で得られた知見を、他の地域にも当てはまる条件として整理することと、その現場にしかない答えを探すことは、両立するのでしょうか」
桐島は、皆川の方を見た。
少し笑ったように見えた。
「私は、簡単には両立しないと思っています」
会場が静かになった。
「どこにでも当てはまる条件を探そうとすれば、違いを切り落とす必要があります。条件を厳密にすればするほど、適用できる範囲は狭くなる。それでも一般化を急げば、その現場で本当に必要とされているものが、こぼれ落ちる」
「では、他の地域に知見を伝えることはできない、ということでしょうか」
「できないとは言いません。ただ、一般化した答えを持って現場に入るより、現場で一度、その答えを疑った方がいい」
蓑輪は、隣で何も言わずに聞いていた。
発表終了後、桐島が二人のところへ近づいてきた。
「蓑輪さんのところの学生さんですか。面白い質問でした」
「ありがとうございます。ただ、自分の中では答えが出ませんでした。このまま持ち帰ることになりそうです」
「それでいいと思いますよ」
桐島は、あっさりと言った。
「出ない答えを無理に出すと、大抵は、間違った答えになりますから」
帰りの電車で、蓑輪が言った。
「桐島さんは、現場に固有の答えを重視する。私は、複数の事例から条件を抽出することにも意味があると思っています。立場は逆に近いですね」
「どちらが正しいんでしょう」
「まだ決めなくていいと思います」
蓑輪は、窓の外へ視線を向けた。
「逆の立場だからといって、無視してよいわけではありません。むしろ、皆川さんの結論を確かめるためには、必要な反対意見でしょう」
皆川は、その言葉をフィールドノートには書かなかった。
桐島の言葉も、蓑輪の言葉も、まだ自分の中で答えになっていなかった。
この話のFM豆知識
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※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら
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