蓑輪研究室・第二部
皆川は、湊原市での調査結果をまとめた報告書を持って、蓑輪の個室に入った。
津久見の「翻訳と定着支援」。
来島の「枠の設計と継続的な観察」。
浜田、田所、宮地の言葉。
それらを整理した報告書の最後に、皆川はこう書いていた。
「良い仕組みは、そのまま複製されるのではなく、地域の条件に合わせて翻訳され、修正されながら伝播する」
蓑輪は、いつものように、最後まで読んでから口を開いた。
「面白いですね」
蓑輪は、共同記述のフィールドノートを指した。
「今回は、皆川さんと田丸さんが、一緒に一つのノートを書いたんですね」
「はい。今回だけは、そうしました」
「二人の観察が、別々の対象を見ながら、同じ論点に近づいた」
「そうだと思います」
蓑輪は、報告書の最後の一文に視線を移した。
「良い結論ですね。きれいにまとまっています」
皆川は、その評価を素直に喜べなかった。
「……はい。でも、きれいにまとまりすぎている気がします」
「どういう意味でしょう」
皆川は、少しためらってから答えた。
「前の仕事で、私が納品した報告書も、きれいにまとまっていました。分かりやすい結論を書いて、評価もされました。でも、実際には数年後に使われなくなっていた」
蓑輪は、否定も慰めもしなかった。
「だから、ご自身が書いた『きれいな結論』を、簡単には信じられない」
「はい」
「今回の結論も、湊原市という一つの事例を、整いすぎた言葉にしているかもしれないと」
「そうです」
蓑輪は、報告書を皆川の前へ静かに押し戻した。
「納得できないなら、まだ結論にしない方がいいでしょう」
「はい」
「きれいな結論ほど、別の現場に当てて、崩れるかどうかを確かめた方がいい」
皆川は、その言葉を素直に受け止めた。
次に何を見るべきかは、まだ決まっていない。
ただ、今の結論のまま研究を終えてはいけない。
そのことだけは、はっきりしていた。
この話のFM豆知識
(豆知識は準備中)
※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら
一般財団法人 建築保全センター