ep311

自治体FM物語第3巻 › 第11話
第3巻 第11話

それでも残す

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来島は、港ノ浦地区の集会所で、旧里浦町の失敗を別の角度から見ていた。

「この町には、運営組織がありませんでした」

津久見から受け取った旧里浦町の資料を開き、住民有志の会の名簿を示した。

「担おうとした人はいました。でも、役割が決まっていなかった。誰が何をするのか。誰が決めるのか。それが曖昧なまま、有志という言葉だけで進めようとしていました」

「それって、危険なんですか」

津久見が尋ねる。

来島は頷いた。

「危険です。有志は、人に頼る仕組みです」

「誰か一人が疲れれば止まってしまいます」

「続けるには、人ではなく役割を残さなければいけません」

来島は白紙に図を書き始めた。

代表。

会計。

施設管理。

そこまで書くと、手が止まった。

人を書く欄は空けたままにする。

「人は私が決めません」

「役割だけ用意します」

「誰が担うかを決めるのは、この地域です」

来島はペンを置いた。

ガソリンスタンドの案件は、五十七棟の再編方針には含まれていない。

だが、最初の現地調査で見えた「生存基盤」という課題に、市が初めて示す具体的な答えだった。

集会所には、浜田一郎、宮地清、田所和子、そのほか十数人の住民が集まっていた。

テーブルには、来島が作った設計図が広げられている。

「代表、会計、施設管理」

来島が図を指した。

「まず、この三つの役割を分けます」

「代表は、市との窓口になります」

「会計は、お金を管理します」

「施設管理は、設備と燃料を管理します」

説明が終わる。

部屋が静かになった。

誰も口を開かない。

来島は急がなかった。

この沈黙も、地域が決める時間だと思っていた。

やがて浜田が周囲を見回した。

「……俺でいいなら」

宮地が笑った。

「いいなら、じゃないだろ」

「お前しかいない」

部屋のあちこちから頷く人がいた。

浜田は照れたように頭をかいた。

「じゃあ、やる」

「地域運営組織は、俺が立ち上げる」

来島は何も言わず、代表の欄に浜田一郎と書いた。

「会計は」

田所が静かに手を挙げた。

「私がやります」

「祭りの寄付も、自治会の会費も、ずっと帳面をつけてきました」

「お金なら任せてください」

会計の欄に名前が入る。

「施設管理は」

少し間があった。

宮地が口を開いた。

「俺だ」

皆が宮地を見る。

「店は畳んだ」

「でも設備までは捨ててない」

宮地は少し笑った。

「危険物取扱者の資格も残ってる」

「燃料だけは俺が見る」

来島は施設管理の欄に宮地清と書いた。

紙の上の設計図が、

初めて現実の組織になった。

「これで、組織として動けますか」

梶原が尋ねた。

「動けます」

来島は答えた。

「ただ、もう一つ決める必要があります」

「行政との役割分担です」

来島は三人を見渡した。

「運営を続けるには固定費を下げなければいけません」

「土地の取得は、市に案として求めます」

「改修費についても、市に働きかけます」

「でも、日々の運営は皆さんが担います」

来島は三人へ向き直った。

「主役は皆さんです」

「行政は、皆さんが動けるように支える側になります」

梶原はゆっくり頷いた。

そして口を開いた。

「私は、この案を市の案として上げます」

そこで一度、言葉が止まった。

以前の自分なら、

「持ち帰って検討します」

そう言っていた。

今日は違う。

この案を、自分の案として通すと決めた。

「土地は査定額で取得する案で進めます」

「防災拠点として整備し、位置付けます」

「燃料備蓄と非常用発電設備の整備も含めます」

「燃料の種類と量は消防と協議し、法令の範囲で設計する形で、市長まで責任を持って説明します」

宮地が静かに聞いた。

「俺の店じゃなくなる、ということだな」

来島が頷いた。

「所有は市になります」

「でも、運営は皆さんです」

「行政だけでも続きません」

「地域だけでも続きません」

「両方あることで、この施設は続きます」

誰も反対しなかった。

梶原は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。

自分の腹は決まった。

その決定に、

浜田が応えた。

田所が応えた。

宮地も応えた。

決めることは怖かった。

それでも、

決めたから動き出したものが、確かにあった。これまでの自分が経験したことのない種類の喜びが、そこにあった。自分の決定が、誰かの行動を引き出した。先送りでは、決して起こらなかったことだった。

説明会が終わった。

津久見が来島に声を掛ける。

「行政が関与しなければ成立しない」

「以前とは言い方が変わりましたね」

来島は少し笑った。

「以前は、行政がやるしかない、と思っていました」

「今は違います」

「私は役割の枠を作っただけです」

「中身を決めたのは、浜田さんたちでした」

津久見が尋ねる。

「行政の役割は弱くなりませんか」

来島は首を振った。

「むしろ明確になります」

「行政が全部やるのではありません」

「行政しかできないことをやります」

「地域しかできないことは地域がやる」

「それだけです」

津久見は静かに頷いた。

「なぜ、そこまで考え方が変わったんですか」

来島は少しだけ考えた。

「あなたが」

言葉を選ぶ。

「数字だけでは答えにならない案件で」

「何度も立ち止まっていたからです」

津久見は苦笑した。

「立ち止まっていましたか」

「ええ」

来島も笑った。

「だから私も」

「設計を変えました」

二人は、それ以上話さなかった。

以前のような気まずさは、もう残っていない。

五十七棟の方針を検証するために始まった仕事だった。

いつの間にか、

施設を残す方法ではなく、

地域が続いていく仕組みを考える仕事へと変わっていた。

この話のFM豆知識

(豆知識は準備中)

つづく

※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら