商店街の時計
中心部・湊原本町の商店街は、57棟の方針には直接含まれない区域だった。だが、買い物困難者という生活基盤に係る課題が、施設の再編と地続きであるか確かめるため、来島が梶原に頼んで検証の対象に加えた。
商店街の時計は、十年以上前から止まっていた。シャッター率68パーセント。店主の平均年齢71歳。買い物困難者は推計2,200人。
来島は、商店街の入口で立ち止まり、周りを見渡した。
「何か気づいたんですか」
津久見が声をかけてきた。来島は、昔の記憶を辿ってから答えを口にした。
「以前、私が移動スーパーを設計した商店街と、似ていたので。半年で、利用者がほぼゼロになりました」
「ゼロになった理由は、何だったんですか」
津久見の問いに、来島は言葉を整理した上で答えた。
「いくつかあげられます。でも、一番大きい理由は、店の機能を、権限ごと移せなかったことだと考えてます」
「権限ですか」
「元の店主は、常連の事情に合わせて、仕入れ内容や集金時期を、柔軟に変更していました。年金の入る前は、支払いを待つ。荷物が重い人には、玄関前まで届ける。一人暮らしの人には量り売りで対応する。店主には個人商店ならではの裁量がありました」
来島は、商店街を奥に進んだ。シャッターが下りた店が続いていた。
「移動スーパーの運転手にも、同じ対応をしてほしいと頼みました。でも、運転手は委託先の従業員です。価格も、ルートも、本部が決めた通りにしか動けません。その場で支払い時期の変更や、自宅までの配送を頼まれても、運転手の一存では決められませんでした」
「権限を移していたら、変わったでしょうか」
「移してたとしても、信頼がなければ、売掛販売も見込みでの仕入れもできなかったと思います。信頼関係と、決める権限が揃わなければ、店主がしていたことは再現できません。地区の人も、それに気づいたんだと思います」
津久見は、その説明を、丁寧にメモに取った。
「津久見さん、今回、一つ試したいことがあります」
来島が立ち止まった。
「何ですか」
「ここでは、制度から考えません」
津久見が来島を見る。
「先に、人を考えます」
「人を」
「誰が担うのか」
「誰が決めるのか」
「誰に相談すれば変えられるのか」
「そこだけを先に決めます」
来島は商店街を見渡した。
「サービスの形は、十年後には変わります」
「でも、人の役割と決める権限が残れば、地域は自分たちで形を変え続けられます」
津久見は聞いていた。
「それが、来島さんの言う枠組みですか」
「はい」
「制度ではなく、人の関係を先に設計します」
「その上で、サービスは地域が育てればいい」
少し沈黙が流れた。
津久見が口を開く。
「私は制度は作れます」
「法令も整理できます」
「数字も示せます」
来島は続きを待った。
「でも、その制度を誰が引き受けるのか」
「そこまでは設計できません」
来島が頷いた。
「だから私が呼ばれたんですね」
「ええ」
津久見は迷いなく答えた。
「行政ができるところまで整理する」
「その先を、人が続けられる形にしていただきたいんです」
⸻
来島は少し考えてから言った。
「ただ、一つだけ」
「何でしょう」
「対話も万能ではありません」
津久見は黙って聞く。
「条件を整えても、まとまらないことがあります」
「場を作っても、人は動かないことがあります」
「私にできるのは、話し合える状態を作るところまでです」
「最後に決めるのは、その場にいる人たちです」
津久見は小さく笑った。
「そこは制度も同じです」
二人は顔を見合わせた。
専門は違う。
だが、万能ではないことだけは共通していた。
⸻
「湊原市では、どう進めるお考えですか」
津久見が尋ねた。
来島は少し考えた。
「役割を担える人がいる案件から始めます」
「例えば、この商店街です」
「担い手が見つかれば、形はいくらでも変えられます」
「でも港ノ浦の診療所は違います」
来島は言葉を選んだ。
「あそこは、担い手そのものが代わりません」
「今の私にも、与条件を置くことができません」
津久見は頷いた。
自分にも数字にできないものがあった。
来島にも設計できないものがある。
それでも、それぞれの限界が見えたことで、二人の役割は以前よりはっきりしてきた。
少し離れた場所で、梶原が二人の話を聞いていた。
邪魔をしないように、一歩下がって立っている。
その姿が、来島には少し気になった。
その夜、梶原は定刻を過ぎても庁舎に残っていた。
「外部の二人に、荷を負わせすぎたかもしれない」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
来島を呼んだ。
津久見に任せた。
それは専門性を借りるためだった。
本当に、それだけだっただろうか。
自分が決める責任から、一歩離れたかっただけではなかったか。
「課長」
振り返ると、林が立っていた。
「林さんも、まだいたんですか」
「課長が帰ってなかったので」
林は笑った。
「何となく、一人にしない方がいいかなと思っただけです」
それだけ言うと、向かいの席に座った。
何も聞かない。
何も励まさない。
ただ同じ部屋にいた。
しばらくして梶原は思った。
専門家は答えを探してくれる。
でも、最後に決めるのは行政だ。
その役目だけは、誰にも任せられない。
林は何も言わなかった。
それでも、その静かな時間が、梶原の迷いを少しだけ軽くしていた。
この話のFM豆知識
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※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら
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