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第3巻 第8話

商店街の時計

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中心部・湊原本町の商店街は、57棟の方針には直接含まれない区域だった。だが、買い物困難者という生活基盤に係る課題が、施設の再編と地続きであるか確かめるため、来島が梶原に頼んで検証の対象に加えた。

商店街の時計は、十年以上前から止まっていた。シャッター率68パーセント。店主の平均年齢71歳。買い物困難者は推計2,200人。

来島は、商店街の入口で立ち止まり、周りを見渡した。

「何か気づいたんですか」

津久見が声をかけてきた。来島は、昔の記憶を辿ってから答えを口にした。

「以前、私が移動スーパーを設計した商店街と、似ていたので。半年で、利用者がほぼゼロになりました」

「ゼロになった理由は、何だったんですか」

津久見の問いに、来島は言葉を整理した上で答えた。

「いくつかあげられます。でも、一番大きい理由は、店の機能を、権限ごと移せなかったことだと考えてます」

「権限ですか」

「元の店主は、常連の事情に合わせて、仕入れ内容や集金時期を、柔軟に変更していました。年金の入る前は、支払いを待つ。荷物が重い人には、玄関前まで届ける。一人暮らしの人には量り売りで対応する。店主には個人商店ならではの裁量がありました」

来島は、商店街を奥に進んだ。シャッターが下りた店が続いていた。

「移動スーパーの運転手にも、同じ対応をしてほしいと頼みました。でも、運転手は委託先の従業員です。価格も、ルートも、本部が決めた通りにしか動けません。その場で支払い時期の変更や、自宅までの配送を頼まれても、運転手の一存では決められませんでした」

「権限を移していたら、変わったでしょうか」

「移してたとしても、信頼がなければ、売掛販売も見込みでの仕入れもできなかったと思います。信頼関係と、決める権限が揃わなければ、店主がしていたことは再現できません。地区の人も、それに気づいたんだと思います」

津久見は、その説明を、丁寧にメモに取った。

「津久見さん、今回、一つ試したいことがあります」

来島が立ち止まった。

「何ですか」

「ここでは、制度から考えません」

津久見が来島を見る。

「先に、人を考えます」

「人を」

「誰が担うのか」

「誰が決めるのか」

「誰に相談すれば変えられるのか」

「そこだけを先に決めます」

来島は商店街を見渡した。

「サービスの形は、十年後には変わります」

「でも、人の役割と決める権限が残れば、地域は自分たちで形を変え続けられます」

津久見は聞いていた。

「それが、来島さんの言う枠組みですか」

「はい」

「制度ではなく、人の関係を先に設計します」

「その上で、サービスは地域が育てればいい」

少し沈黙が流れた。

津久見が口を開く。

「私は制度は作れます」

「法令も整理できます」

「数字も示せます」

来島は続きを待った。

「でも、その制度を誰が引き受けるのか」

「そこまでは設計できません」

来島が頷いた。

「だから私が呼ばれたんですね」

「ええ」

津久見は迷いなく答えた。

「行政ができるところまで整理する」

「その先を、人が続けられる形にしていただきたいんです」

来島は少し考えてから言った。

「ただ、一つだけ」

「何でしょう」

「対話も万能ではありません」

津久見は黙って聞く。

「条件を整えても、まとまらないことがあります」

「場を作っても、人は動かないことがあります」

「私にできるのは、話し合える状態を作るところまでです」

「最後に決めるのは、その場にいる人たちです」

津久見は小さく笑った。

「そこは制度も同じです」

二人は顔を見合わせた。

専門は違う。

だが、万能ではないことだけは共通していた。

「湊原市では、どう進めるお考えですか」

津久見が尋ねた。

来島は少し考えた。

「役割を担える人がいる案件から始めます」

「例えば、この商店街です」

「担い手が見つかれば、形はいくらでも変えられます」

「でも港ノ浦の診療所は違います」

来島は言葉を選んだ。

「あそこは、担い手そのものが代わりません」

「今の私にも、与条件を置くことができません」

津久見は頷いた。

自分にも数字にできないものがあった。

来島にも設計できないものがある。

それでも、それぞれの限界が見えたことで、二人の役割は以前よりはっきりしてきた。

少し離れた場所で、梶原が二人の話を聞いていた。

邪魔をしないように、一歩下がって立っている。

その姿が、来島には少し気になった。

その夜、梶原は定刻を過ぎても庁舎に残っていた。

「外部の二人に、荷を負わせすぎたかもしれない」

誰に聞かせるでもなく呟いた。

来島を呼んだ。

津久見に任せた。

それは専門性を借りるためだった。

本当に、それだけだっただろうか。

自分が決める責任から、一歩離れたかっただけではなかったか。

「課長」

振り返ると、林が立っていた。

「林さんも、まだいたんですか」

「課長が帰ってなかったので」

林は笑った。

「何となく、一人にしない方がいいかなと思っただけです」

それだけ言うと、向かいの席に座った。

何も聞かない。

何も励まさない。

ただ同じ部屋にいた。

しばらくして梶原は思った。

専門家は答えを探してくれる。

でも、最後に決めるのは行政だ。

その役目だけは、誰にも任せられない。

林は何も言わなかった。

それでも、その静かな時間が、梶原の迷いを少しだけ軽くしていた。

この話のFM豆知識

(豆知識は準備中)

つづく

※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら