閉館の日
中心部の文化施設は、57棟の方針の中で最も対応が難しいとされていた事案だった。築44年。Is値0.44。改修費は6億8,000万円、日常的な利用団体はわずか12。この施設も数字だけを見れば、結論は明白なはずだった。
だが、この施設は、市民ホールとしての機能も併せ持っていた。年に数回の成人式、表彰式、著名な演奏家を招いた公演会。日常的な利用団体の少なさとは裏腹に、代わりの効かない役割を担っていた。廃止すれば、それらの行事の受け皿は市内のどこにもない。
文化施設の最後の利用団体が帰っていった。
合唱サークルだった。
譜面台を畳み、台車に積み、静かなロビーを抜けていく。
玄関が閉まる音だけが、館内に残った。
津久見はタブレットを開き、
「廃止候補」
の欄にチェックを入れた。
利用率。
改修費。
耐震性能。
どの数字も、当初の想定どおりだった。
数字だけなら、結論は変わらない。
それなのに、指は少しだけ止まった。
門脇の言った、
「この時間」。
松岡の言った、
「守ってきたもの」。
宇田川の言った、
「誰も考えていない」。
どれも数字にはならなかった。
だから今まで、評価の外に置いてきた。
「……ゴールに近づいた、か」
独り言のように漏れた声を、
来島が聞いていた。
「施設を分類することが、ゴールでしたね」
津久見は頷いた。
「そう思っていました」
「今は違うんですか」
少し考えてから答えた。
「分類できても」
「その先が続かなければ、終わったことにならない気がしています」
来島は静かに笑った。
「私も同じです」
津久見が振り向く。
「私は、人の話を聞けば答えに近づけると思っていました」
「でも最近は」
「話を聞くだけでは、何も続かないこともあると分かってきました」
二人の間に短い沈黙が流れた。
来島が口を開く。
「商店街で言いましたよね」
「制度より先に、人と役割を設計したい、と」
「ええ」
「今なら、その理由を説明できます」
⸻
来島は閉まった玄関を見つめた。
「施設は、いつか必ず変わります」
「用途も変わります」
「管理者も変わります」
「でも」
「誰が続けるかだけは、最初に決めておかないと」
津久見は、その続きを自然に受け取った。
「行政の枠の外ですね」
「ええ」
来島が頷いた。
「行政が施設を持つかどうかではありません」
「行政が終わったあとも」
「地域が続けられるかどうかです」
津久見は、自分が以前口にした言葉を思い出した。
行政の枠の外に答えを探す。
その時は、制度の話だった。
今は違う。
その枠を引き継ぐ人の話になっている。
「……つながりましたね」
来島は笑う。
「まだ途中です」
「でも、別々の道ではなくなりました」
二人は、それ以上話さなかった。
サークルの車が静かに駐車場を出ていく。
誰もいない文化施設だけが残った。
津久見は、報告書の構成を考え直していた。これまでの様式は単純だった。
廃止。
転換。
維持。
三つに分類するだけだった。
「転換」の欄には、いつも同じ文章を書いてきた。
他用途への転用を検討する。
その七文字が、
今日は妙に軽く見えた。
「来島さん」
「はい」
「報告書を変えます」
来島が画面を覗き込む。
「分類を変えるんですか」
「分類は残します」
津久見は首を振った。
「でも」
「転換の欄には」
「施設を書くんじゃありません」
来島は少し驚いた。
「何を書くんですか」
「役割です」
「誰が担うのか」
「誰が決めるのか」
「誰へ引き継ぐのか」
「そこを書きます」
来島はしばらく黙っていた。
それから小さく笑った。
「それは、私の仕事ですね」
「ええ」
津久見も笑った。
「私だけでは完成しません」
RFSCに来た理由は変わらない。
法令を整理し。
数字を整理し。
全国で使える方法を作る。
その願いは今も同じだ。
ただ、一つだけ違っていた。
万能な専門性はない。
だから方法は、
専門性を増やすことではなく、
つなぐことだった。
津久見は、報告書の表紙を書き換えた。
この話のFM豆知識
(豆知識は準備中)
※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら
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