ep309

自治体FM物語第3巻 › 第9話
第3巻 第9話

閉館の日

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中心部の文化施設は、57棟の方針の中で最も対応が難しいとされていた事案だった。築44年。Is値0.44。改修費は6億8,000万円、日常的な利用団体はわずか12。この施設も数字だけを見れば、結論は明白なはずだった。

だが、この施設は、市民ホールとしての機能も併せ持っていた。年に数回の成人式、表彰式、著名な演奏家を招いた公演会。日常的な利用団体の少なさとは裏腹に、代わりの効かない役割を担っていた。廃止すれば、それらの行事の受け皿は市内のどこにもない。

文化施設の最後の利用団体が帰っていった。

合唱サークルだった。

譜面台を畳み、台車に積み、静かなロビーを抜けていく。

玄関が閉まる音だけが、館内に残った。

津久見はタブレットを開き、

「廃止候補」

の欄にチェックを入れた。

利用率。

改修費。

耐震性能。

どの数字も、当初の想定どおりだった。

数字だけなら、結論は変わらない。

それなのに、指は少しだけ止まった。

門脇の言った、

「この時間」。

松岡の言った、

「守ってきたもの」。

宇田川の言った、

「誰も考えていない」。

どれも数字にはならなかった。

だから今まで、評価の外に置いてきた。

「……ゴールに近づいた、か」

独り言のように漏れた声を、

来島が聞いていた。

「施設を分類することが、ゴールでしたね」

津久見は頷いた。

「そう思っていました」

「今は違うんですか」

少し考えてから答えた。

「分類できても」

「その先が続かなければ、終わったことにならない気がしています」

来島は静かに笑った。

「私も同じです」

津久見が振り向く。

「私は、人の話を聞けば答えに近づけると思っていました」

「でも最近は」

「話を聞くだけでは、何も続かないこともあると分かってきました」

二人の間に短い沈黙が流れた。

来島が口を開く。

「商店街で言いましたよね」

「制度より先に、人と役割を設計したい、と」

「ええ」

「今なら、その理由を説明できます」

来島は閉まった玄関を見つめた。

「施設は、いつか必ず変わります」

「用途も変わります」

「管理者も変わります」

「でも」

「誰が続けるかだけは、最初に決めておかないと」

津久見は、その続きを自然に受け取った。

「行政の枠の外ですね」

「ええ」

来島が頷いた。

「行政が施設を持つかどうかではありません」

「行政が終わったあとも」

「地域が続けられるかどうかです」

津久見は、自分が以前口にした言葉を思い出した。

行政の枠の外に答えを探す。

その時は、制度の話だった。

今は違う。

その枠を引き継ぐ人の話になっている。

「……つながりましたね」

来島は笑う。

「まだ途中です」

「でも、別々の道ではなくなりました」

二人は、それ以上話さなかった。

サークルの車が静かに駐車場を出ていく。

誰もいない文化施設だけが残った。

津久見は、報告書の構成を考え直していた。これまでの様式は単純だった。

廃止。

転換。

維持。

三つに分類するだけだった。

「転換」の欄には、いつも同じ文章を書いてきた。

他用途への転用を検討する。

その七文字が、

今日は妙に軽く見えた。

「来島さん」

「はい」

「報告書を変えます」

来島が画面を覗き込む。

「分類を変えるんですか」

「分類は残します」

津久見は首を振った。

「でも」

「転換の欄には」

「施設を書くんじゃありません」

来島は少し驚いた。

「何を書くんですか」

「役割です」

「誰が担うのか」

「誰が決めるのか」

「誰へ引き継ぐのか」

「そこを書きます」

来島はしばらく黙っていた。

それから小さく笑った。

「それは、私の仕事ですね」

「ええ」

津久見も笑った。

「私だけでは完成しません」

RFSCに来た理由は変わらない。

法令を整理し。

数字を整理し。

全国で使える方法を作る。

その願いは今も同じだ。

ただ、一つだけ違っていた。

万能な専門性はない。

だから方法は、

専門性を増やすことではなく、

つなぐことだった。

津久見は、報告書の表紙を書き換えた。

この話のFM豆知識

(豆知識は準備中)

つづく

※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら