引継ぎ記録
高峯市 資産経営課 引継ぎ担当者記録
この計画は、黒瀬部長の強い問題意識によって始まった。当時の問題認識を否定するものではない。また、この計画によって実現した財政効果、施設総量の適正化、職員負担の軽減についても、今後の行政運営に引き継ぐべき成果である。
一方、意思決定に必要な情報が十分に共有されなかったこと、反対意見が記録から欠落していたことについては、組織として是正する。
黒瀬部長が間違ったから、組織を変えるのではない。
黒瀬部長が間違っても止められなかった組織だったから、組織を変える。
そして、黒瀬部長が残した「結果」に、私たちは「判断の理由」を加える。
資産経営課 三崎修平
* * *
三崎は、そこで文章を止めた。
保存する前に、最初から読み返した。
間違ってはいない。だが、何かが足りない気がした。
黒瀬が、なぜ急いだのか。
それを書こうとして、三崎は手を止めた。
このままでは十年後に間に合わない。
資料庫で見つけた、あの一行が浮かんだ。
書けば、黒瀬を弁護しているように読まれるかもしれない。書かなければ、黒瀬がなぜ間違えたのかが、いつか分からなくなる。
三崎は、しばらく考えてから、引継ぎ記録の本文には書かなかった。
代わりに、別添資料の一覧に一行を加えた。
別添七 旧高峯町民会館関係書類(二〇一四年度〜二〇二〇年度) 当時の担当者作成メモを含む 二〇一九年度作成
出所と作成年と、関連する案件が分かる形にした。
弁護するためではない。
将来の職員が、黒瀬が何を恐れたのか、なぜ最初の省略を選んだのか、どこから戻れなくなったのかを、自分で確かめられるようにするためだった。
三崎は、保存を押した。
庁舎の壁には、今日も同じひびが残っていた。誰かが直すと決めるまで、それは消えない。
壊れかけの建物は、誰かが合意するまで待ってくれない。
だからこそ、誰が、何を守るために急いだのかを、残さなければならない。
この話のFM豆知識
(豆知識は準備中)
※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら
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