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自治体FM物語急ぐ理由 › 第13話
急ぐ理由 第13話

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桔梗台高齢者福祉センターの方針は、五月の推進本部会議で組み替えられた。

来年度中の閉鎖を取りやめ、複合支援拠点の稼働まで現施設を維持する。その間の入浴設備の修繕は、最小限の応急対応で持たせる。

事業債の集約化要件については、県と協議し、施設の統合時期を事業期間内に収める形で申請時期を一年後ろにずらすことになった。

条件は、悪くなった。

充当率は変わらないが、応急修繕に八百万円かかる。当初案より、市の負担は増えた。

「その八百万は、何に対する支出ですか」

会議で質問が出た。

三崎が答えた。

「新拠点が稼働するまでの一年間、入浴と送迎を継続するための費用です」

「継続しない場合の影響は」

「週二回の入浴を利用している方が、二十六名います。うち九名は、自宅の浴槽を単独で使用できません」

三崎は、資料の頁を示した。

「代替施設まで、公共交通機関では到達できません」

質問は、それで終わった。

檜倉保健センターは、七月に正式な手続きを経て廃止された。

結論は、黒瀬が想定していたものと同じだった。

違ったのは、資料だった。

評価基準の変更にあたって比較した三案が、すべて添付された。なぜ採用案を選んだのかも書かれている。

住民説明会で出た意見は、要約と併せて、発言の概要が残された。

保健相談の機能は、月二回の巡回に切り替わった。地区からは、それでは足りないという意見が出ている。その意見も、記録に残った。

最後の頁に、見直し条件が書かれた。

巡回開始から二年後、利用実績と地区の意見を再確認し、必要に応じて方式を見直す。

三崎と樫村が、二人で作った様式だった。

垣内宿の旧公民館は、七月になってもまとまらなかった。

住民との協議は、七回目に入っていた。

地区は、建物を残すことにこだわっているわけではなかった。ただ、集会機能をどこへ移すかで意見が分かれていた。

小学校の空き教室を使う案。近隣の集会所と統合する案。移動販売のスペースと兼用にする案。

どれにも、賛成と反対があった。

三崎は、協議のたびに記録を作った。

何が論点か。何が合意されていないか。次に何を確認するか。誰が、いつまでに。

七回目の記録の最後に、こう書いた。

次回、移動手段の見通しについて交通部門から回答を得たうえで、三案を再評価する。期限は九月末。

黒瀬なら、この案件はもう終わっていた。

だが、期限のない先送りにはしていない。三崎は、そう自分に言い聞かせた。

修繕見積もりは、また少し上がっていた。

八月、三崎は黒瀬を訪ねた。

市役所から二百メートルほど離れた喫茶店だった。

窓際の席で、黒瀬は一人でコーヒーを飲んでいた。もう資産経営部長ではない黒瀬の姿は、三崎にはどこか不思議に映った。

「すみませんでした」

三崎が言うと、黒瀬は首を横に振った。

「謝るな」

「でも」

「お前は、正しいことをした」

黒瀬はコーヒーに口をつけた。

「俺がやらなきゃ、誰もやらないと思ってた」

「……はい」

「だから、全部俺の責任だと思ってた」

一拍置いて、黒瀬は続けた。

「止めてくれて、少し楽になった」

三崎は、何も言えなかった。

「俺を止める人間が、やっと出てきたんだな」

黒瀬は、初めて笑ったように見えた。

「……でもな」

黒瀬は、コーヒーカップに視線を落とした。

「十年前に戻っても、たぶん俺は急ぐ」

三崎は顔を上げた。

「最初の一回を、やらない自信がない」

黒瀬は笑わなかった。

三崎も、何も言えなかった。

黒瀬が間違っていたことは分かっている。止めなければならなかったことも分かっている。

それでも、あの六年間を見ていた黒瀬に、ただ待てと言えたのか。

三崎には、今も分からなかった。

「桔梗台、組み替えたそうだな」

黒瀬が言った。

「はい。八百万、余計にかかります」

「そうか」

「その八百万で、二十六人の入浴が続きます。九人は、それがないと家で風呂に入れません」

黒瀬は、しばらく黙っていた。

「それは、俺の資料には入っていなかったな」

「入っていませんでした」

「そうか」

黒瀬は、それ以上何も言わなかった。

三崎も、それ以上は言わなかった。

喫茶店を出たあと、三崎は一人で歩いた。

師を止めたことが、間違いだったとは思わない。けれど、後悔がない、と言い切ることもできなかった。

黒瀬がいなくなった机を見るたび、もっと早く止められなかったのかと思う。

では、最初の大滝野で止めていたら。

あの三百万円は浮かなかった。桔梗台児童館の防水改修は、その年にできなかった。四十人の子どもは、夏の間、行き場を失っていたかもしれない。

そこまで考えると、また分からなくなる。

三崎は、それを答えの出ないまま引き受けるしかなかった。

課に戻ると、樫村が新しい様式の校正をしていた。

「事後評価の欄、二年後でいいですか」

「二年後でいい」

「大滝野は、もう三年経ってます」

樫村が言った。

「遡ってやりますか」

三崎は、少し考えた。

大滝野の秋祭りは、いま農業研修施設で行われている。参加者は、去年は百十八人だった。

歩道のない区間は、まだそのままになっている。

「やろう」

三崎は言った。

「様式ができたなら、過去の分も入れておいた方がいい」

「分かりました」

樫村は端末を開いた。

三年前に自分が撮った写真と、誰にも提出しなかった記録が、そこに残っていた。

この話のFM豆知識

FMの教訓:手順を見直した後は、確認に使った時間と費用、サービスを続ける支出を分けて確かめる。

◆ この話で扱う仕事

関係するFMの仕事:評価/改善/次のFM戦略・計画

計画を実施した後は、目標に届いた点、残った問題、新たに分かった問題を整理し、次の計画を直します。確認や記録の手順を増やした場合も、作業が進むようになったか、待ち時間が増えたかを調べます。利用者が必要なサービスを受けられたかも確かめ、手順を設けただけで終わらせません。

◆ 確認作業の費用と、サービスを続ける費用を混ぜない

会議や資料の確認に使った時間と、施設を使い続けるための修繕費は、別に数えます。修繕費には、その支出によって続けられたサービスと利用人数を添えます。両者を一緒に「手続きが増えた費用」とすると、どの作業を見直すべきか、何のために支出したかが分からなくなります。

◆ 実際に起きたことと、「もしも」の見積もりを分ける

もし以前の決定を止めていれば、費用を減らせず、別の施設の改修も遅れたかもしれません。ただし、実際には行わなかった案の結果は、確定した事実ではありません。比べるときは、その案で想定した費用、利用への影響、見積もりの条件を記します。実際に確認できた結果と、仮定した結果を混ぜないようにします。

◆ 物語の場面

桔梗台高齢者福祉センターは、新拠点が開くまで使い続けることになります。一年分の対応に八百万円が必要で、その多くは応急修繕の費用です。入浴や送迎を使う二十六人のうち、九人は自宅で一人では入浴できません。この支出は、確認作業を増やす費用ではなく、入浴などを続けるための費用です。三崎は、大滝野の実施後の評価にも取り組もうとします。

■ 担当者が行うこと

新しい手順で使った職員の時間、追加の調査費、施設の継続費用を分けて集計してください。それぞれ、確認できたことや続けられたサービスを記します。一定期間後に、同じ内容の入力や会議待ちを減らせるかを調べ、必要な確認は残します。実施しなかった案との比較には、仮定した条件を添えてください。

確認する法令・計画・庁内のルールなど

  • 公共施設等総合管理計画・個別施設計画:費用やサービスの実績を次の計画に反映し、検討や確認の手順も見直します。
  • 対象年度の地方債制度・財政措置:事業時期を変える場合の条件を財政担当課や都道府県に確認します。物語で認められた扱いを、実際の制度にも適用できるとは考えないでください。
つづく

※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら