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自治体FM物語第3巻 › 第7話
第3巻 第7話

体育館の夜

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桧原地区の小学校体育館は、57棟の再編方針の中で、「避難所機能の再配置」というパターンを検証する最初の事案として選ばれていた。

「数字だけ見れば、廃止すべき施設です」

津久見が資料を閉じながら言った。

来島は、すぐには答えなかった。

「数字だけ、ですね」

静かな返事だった。

「他にも見るべきものがあると、お考えですか」

津久見が尋ねる。

来島は少し考えてから首を振った。

「まだ分かりません。今は、言葉にできる段階ではありません」

意外だった。

以前の来島なら、「設計できます」と迷わず答えていたはずだ。

今は違う。

分からないことを、分からないと言う。

その変化を、津久見は黙って受け止めた。

「来島さんに、一つ共有しておきたいことがあります」

「何でしょう」

「これまでの再編方針では、施設を廃止する場合、その機能は行政の中で置き換えるか、近隣施設へ統合するか、その二つを前提にしてきました」

来島は黙って聞いている。

「ですが、その前提を外そうと思っています」

「行政の外に答えを探す、ということですか」

「ええ」

津久見は頷いた。

「民間への委託や売却も、その一つです。ただ、それだけではありません。行政が施設の管理から手を引いたあと、地域のサービスを誰が、どう支えるのか。その仕組み自体を設計したいと考えています」

「住民自身が担うことも含めて」

「はい」

来島が小さく笑った。

「それが、私が呼ばれた理由ですね」

「そうです」

津久見も短く答えた。

「制度や法令、数字までは私が整理できます。しかし、その先で人が合意し、役割を引き受ける仕組みは作れません。そこは、来島さんの専門です」

体育館の床は、ところどころ波打っていた。

築三十九年。

Is値〇・六一。

避難所指定施設だが、代替施設の収容人数は百二十人。地区人口は五百八十人。数字だけ見れば、避難所機能の再配置は成立しない。

夜になっても、体育館には灯りがついていた。

地元の子どもたちのバスケットボールチームが練習をしている。

掛け声とボールの音が、静かな校庭に響いていた。

二人は入口に立ち、その様子を見つめた。

津久見は手帳を開き、

「体育館としての機能は維持されている」

と書いた。

そして、その下にもう一行加えた。

「避難所としての評価だけでは判断できない」

書き終えたあと、自分でもその一文を見返した。

湊原市に来てから、何度も同じことを書いている。

数字では説明できない。

制度だけでは整理できない。

最初は例外だと思っていた。

しかし、診療所も、公民館も、消防団詰所も、同じだった。

例外ではない。

自分が、これまで見落としてきただけなのかもしれない。

「来島さん」

体育館の照明が一つ消えた。

練習が終わったらしい。

「もう一つ、見ていただきたい場所があります」

「どちらですか」

「港ノ浦です」

津久見は続けた。

「診療所があります。医師は七十一歳。三十年近く、一人で地区の医療を支えてきました」

来島は何も言わない。

「代替手段は考えました。巡回診療も、遠隔診療も、送迎も整理しました」

津久見は小さく息をついた。

「でも、その先生が三十年間積み重ねてきたものを、置き換える方法だけは、まだ見つかっていません」

来島は体育館の床ではなく、窓の外を見ていた。

「これが」

津久見は言葉を選んだ。

「来島さんに来ていただいた、一番の理由です」

この話のFM豆知識

(豆知識は準備中)

つづく

※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら