ep416

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第4巻 第16話

大瀧市・柚木村

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一
二

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一

大瀧市は、人口約八万人の中規模市だった。

皆川が訪ねたのは、企画課で公共施設マネジメントを専従で担当している職員だった。

「青葉市さんではなく、湊原市さんの仕組みを参考にされたと伺いました」

皆川は、面談が始まって間もなく、驚きを隠せなかった。

「ええ。湊原市で仕事をされた来島さんの資料を、知り合い経由で見せてもらったんです」

青葉市から湊原市へ。

そして湊原市から、さらに大瀧市へ。

知見は、一世代先ではなく、その先まで伝わっていた。

皆川は、その広がりに静かな感動を覚えた。

「今も専従で担当されているんですか」

「はい。七年になります」

「後継者の育成は進んでいますか」

その問いで、担当者の表情が初めて曇った。

「正直、まだです」

少し苦笑して続けた。

「上司は評価してくれています。『そろそろ異動させてやりたい』とも言われます」

「でも」

「私を外すと、地域が不安がるんです」

担当者は、ためらいながら言葉を続けた。

「私自身も、自分が抜けたら地域に迷惑がかかると思うと、身動きが取れなくて」

皆川は、その言葉に複雑なものを感じた。

この人は、地域との信頼関係を築いた。

しかし、その信頼が強くなりすぎた結果、その関係自体が誰にも引き継げないものになっていた。

成功したからこそ、後継者を育てる機会を失っている。

皆川は、これまでとは違う種類の不安を覚えた。

今、確かに機能している。

だが、それが五年後、十年後も続く保証は、どこにもなかった。

フィールドノート(大瀧市)

翻訳型(湊原市からの孫世代の伝播)。

条件:専従・七年間継続。

選択:地域との信頼関係を築き、自らが中心となって運用を継続。

結果:現在は機能しているが、後継者は育っていない。

「今、機能していること」と「将来も続くこと」は別である。

緑川町との違いは能力ではなく、「手放す」という選択をしたかどうか。

この事例は、前職で自分が経験したことと、初めて明確に重なった。

二

一方、田丸は、人口三千人に満たない柚木村を訪ねていた。

応対したのは、総務係と施設台帳を兼任している神崎友里だった。

「兼任なので、専門にやっているわけではないんですけど」

そう前置きしながら、神崎は台帳を開いた。

田丸は、いつものように全体を眺めようとしたが、一つの欄に目が止まった。

「この備考欄、全部の項目に『いつ』『誰が』『なぜ』を書いてありますね」

「最初からではありません」

神崎は首を振った。

「前任者が、『理由まで残さないと意味がない』と言って追加したんです」

田丸は、備考欄を一ページずつ見ながら尋ねた。

「読んでいて、どう感じますか」

神崎は、ほとんど考え込むことなく答えた。

「前任者の体温みたいなものを感じます」

田丸は、その表現を書き留めた。

神崎は続けた。

「この村の人たちは、理由をきちんと説明すれば分かってくれる。だから、自信を持って説明できるように残しておくんだ、と書いてあったんです」

少し笑った。

「クレーム対策じゃなくて、住民を信じて書いていたんだなって伝わってきました」

「だから続けられる」

「はい」

神崎は頷いた。

「義務というより、受け取ったバトンみたいな感じです」

田丸は、もう一つ気になっていたことを尋ねた。

「形式があるから続けられるんですか。それとも、なぜ書くのかが伝わっているから続けられるんですか」

神崎は間を置かずに答えた。

「……両方だと思います」

「形式があるから書けるし、理由が分かっているから、続けようと思える。どちらかだけだったら、多分、続かなかったと思います」

田丸は、その答えを丁寧に書き留めた。

これまでで、最も整理された説明だった。

フィールドノート(柚木村・田丸担当)

翻訳型(青葉市由来)。

条件:兼任。

選択:前任者が残した形式と理由を、そのまま引き継いだ。

結果:前任者の退職後も運用が継続している。

舟見市より条件は厳しい兼任体制でありながら続いている。

形式(仕組み)が個人の負担を支え、理由(意味)が続ける動機を支えている。

継続には、その両方が必要なのかもしれない。

夜、宿泊先で合流した二人は、それぞれの一日を報告し合った。

皆川が、大瀧市の不安──「今は機能しているが、後継者がいない」という話を終えると、田丸が柚木村でのやり取りを話し始めた。

「形式があるから書けるのと、理由が分かっているから続けようと思えるのは、別なんじゃないかって聞いてみたんです」

「そしたら、『両方だと思います』って」

皆川は、一瞬言葉を失った。

それは、自分が何度も現場を回り、ようやく区別できるようになった問いだった。

田丸は、その場で自然に問いとして立てていた。

「……田丸さん」

「はい」

「その質問、自分で思いついたの」

「はい」

田丸は少し照れたように笑った。

「形式だけの話だと、何か薄い気がして」

皆川は、しばらく田丸の顔を見つめた。

最初は、自分の調査を隣で見ているだけだった後輩が、いつの間にか、自分と同じ問いを立てるようになっていた。

その変化が、いつ始まったのかは思い出せなかった。

「……ううん、何でもない」

皆川は小さく笑った。

「いい質問だったと思う」

田丸は、嬉しそうに笑った。

皆川はフィールドノートを開きながら、これまでとは違う感慨を覚えていた。

調査は、自分一人のものではなくなり始めていた。

この話のFM豆知識

FMの教訓:調査を一緒に行い、何を質問し、どう記録し、どう判断したかを話し合う。

◆ 複数の事例から、共通点と違いを調べる

いくつかの自治体を同じ項目で調べると、続いている仕事に共通する担当の決め方や、資料の使い方が見えてきます。ただし、数件で共通していたことが、すべての自治体で必要とは限りません。調べた自治体の条件と件数を示し、別の条件でも当てはまるかを次の調査で確かめます。

◆ 後輩が質問を考え、結果をまとめる機会をつくる

調査に同行する人にも、聞く項目を考え、記録し、分かったことを説明する機会を設けます。先輩は、なぜその質問をしたか、どの答えを確かめ直したいかを聞きます。同じ話を聞いても解釈が違った箇所を話し合うと、聞取りから判断までの進め方を学べます。

◆ 物語の場面

田丸は、皆川について行くだけでなく、自分で調べるべきことを考え、質問できるようになります。皆川が一人で進めていた調査を、二人で担うようになる場面です。方法を説明するだけでなく、一緒に調べる経験が、次に調査を進める人を育てています。

■ 担当者が行うこと

複数人で現場や資料を確認し、質問した理由と、記録から読み取ったことを話し合ってください。後輩にも聞取りや結果の整理、改善案の作成を任せ、必要な助言をします。確かめられた範囲、意見が分かれた点、次に調べることを、担当とともに残してください。
つづく

※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら