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いちばん近い建物 第11話

最後に残るところ

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九月。二階の改修が完了した。

議場の工事も終わっていた。閉会期間に集中させ、吊足場を使ったことで、ふさぐ期間は当初の見込みより短くなった。天井と照明、音響、中継の設備が、一度に更新された。

残るのは、一階だけになった。

長谷は、二年近く前に宇津木が言った言葉を覚えている。

一階は、最後ですね。窓口を止められませんから。

一階の窓口機能を、期間限定で二階へ上げる計画を立てた。

改修の終わった二階には、余裕がある。藤岡が二年前に出した三つの条件を、二階でも満たす配置を作った。

図面の上では、成立していた。

実地確認で、干渉が出た。

二階へ上げた窓口の来庁者動線が、議会関係者の動線と重なる。委員会の開催日に、傍聴者と来庁者が同じ階段を使うことになる。

一階の補強工事の資材搬入経路が、その動線を横切る。

補強の工程では、外側の足場を先に組みたい。しかしそれは、正面出入口の前になる。

そして、藤岡の三条件のうち、正面から入って総合案内が見えること。これが、二階では成立しにくい。階段を上がった来庁者は、まず方向を探すことになる。

長谷はホワイトボードの前に立った。

二年前と同じだった。それぞれが正しく、そのままでは両立しない。

ただ、二年前とは違うことがあった。

長谷は、全体を自分で組み替えようとしなかった。

長谷は、条件を分けて、それぞれの持ち主に戻した。

「構造と工程の順序は、宇津木さんと石末さんで詰めてください。足場をいつ、どこに組むかは、そちらの判断です」

宇津木が頷いた。

「藤岡さん。二階での市民動線は、総務で決めてください。三つの条件を二階で満たす形を作っていただけますか。総合案内の位置は、階段の上がり口に移すことになると思います」

「やります」

「議会の日程と、傍聴者の動線は、議会事務局に確認します」

そして、長谷は最後に付け加えた。

「重なるところだけ、こちらで決めます」

石末が長谷を見た。

二年前、長谷は市内の地図を広げて、全部を自分で組み替えた。今は、それをしていない。

それぞれの領域で最適を出してもらい、衝突する部分だけを引き取る。

長谷が引き取ったのは、三つだった。

資材の搬入時間を、開庁前と休日に寄せること。委員会の開催日は、外部足場の組立と解体を止めること。二階の窓口の開設日を、議会の日程と重ならない週に設定すること。

それだけを決めて、あとは戻した。

十一月。一階が空になった。

開庁日の昼間に、これほど人のいないロビーを、長谷は見たことがなかった。

二年前に宇津木が引いた線が、今は実際の墨出しとして床に引かれている。

正面側は、外から支える。窓口の背面と側面には、ブレースが入る。柱は必要な範囲で巻く。

三つの条件は、守られていた。

「ここまで来れば、あとは施工です」

宇津木が言った。

「条件は全部、決まっています」

工事が進んだ。補強と並行して、一階の全面改修も行われた。

年が明けて、工事が完了した。

一階の窓口が戻った。

来庁した市民が、以前と同じように総合案内へ向かう。番号を呼ぶ声がして、記載台の前に人が立つ。待合の椅子の端は、一席分空けてある。

外側に足された補強のフレームは、隠されていなかった。ロビーからも、外からも見える位置にある。

多くの人は、この建物が四階建てになったことにも、正面のフレームが何のためにあるのかにも、特に関心を払わなかった。

藤岡が、長谷の隣で言った。

「誰も気づきませんね」

長谷は答えた。

「気づかれないのが、いちばんいいと思います」

この話のFM豆知識

FMの教訓:専門家が決める仕事を分け、来庁者の通路と工事の搬入が重なる場所や時間を調整する。

◆ この話で扱う仕事

関係するFMの仕事:プロジェクト管理/統括マネジメント

工事が進むと、設計時には分からなかった不具合や、予定の変更が出ることがあります。担当を決め、変更しても必要な安全性、予算、完成日を守れるかを確認します。専門家が自分の担当内で決めることと、他の部署にも影響するため一緒に決めることを分けておきます。

◆ 工事の前に、通路、搬入、仮窓口を現地で確かめる

この工事では、一階を工事する間、先に改修した二階へ仮窓口を移す計画でした。しかし、現地で確かめると、市民、議会関係者、工事の資材が通る場所が重なりました。工事の順番は、仮窓口の準備、議会の日程、資材を運ぶ経路などを確かめて決めます。一階を最後にしたのは、この現場の条件による判断です。

◆ 専門の検討を任せ、他の担当に影響する変更を知らせてもらう

長谷は、構造や工事を宇津木と石末に、市民が通る経路を藤岡に検討してもらいます。自分は、資材の搬入時間、足場を組む日、仮窓口を開く日がぶつからないように調整します。任せた後も、決めた条件を満たしているかを確認し、他の担当に影響する変更は早く知らせてもらいます。

◆ 物語の場面

二階の仮窓口は、図面上では置ける計画でした。実際に人や資材の動きを確かめると、同じ場所を通ることが分かります。長谷は、各専門家が調べる部分と、全員で日程や場所を合わせる部分を分けます。案内の位置や搬入時間を変えた後、一階を空けて補強を進めます。

■ 担当者が行うこと

工事を始める区画ごとに、仮移転、資材の搬入、来庁者の通路、避難、設備の切替え、元の場所への復帰を現地で確認してください。誰が決められるかと、他の担当へ相談する変更を決めておきます。変更するときは、安全、使い勝手、費用、完成日への影響を記し、改めて承認が必要かを確認します。

確認する法令・計画・庁内のルールなど

  • 各自治体の工事監理・庁舎運用のルール:工事する場所と使用する場所の区切り、仮移転、工事担当と施設担当の連絡方法を確認します。
  • 業務継続計画・システムの切替え手順:窓口や行政システムの業務を続けながら、移転、切替え、復帰ができるかを確認します。
つづく

※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら