屋根になる階
十月。解体が始まった。
七階から順に落としていく。乾智也は、この工程を上を取るだけの作業だと思っていた。
現場に通ううちに、その認識が崩れた。
まず、壊す前の作業が多い。
上へ続いていたものを、一つずつ終わらせなければならなかった。
エレベーターは、新しい最上階に合わせて停止階と昇降路の上部を作り直す。階段は四階で終わりになるので、そこを終端として納める。配管とダクトのシャフトも、上へ抜けていたものを四階で止める。電気の幹線も同じだった。
「上に続いてたもんを、全部ここで終わらせるんだ」
石末が言った。
「壊すより、そっちのほうが手間だ」
乾は、その言葉の意味を、現場で一つずつ確かめていった。
上の階があることを前提に作られていたものが、この建物には数え切れないほどあった。それを全部、四階で終わらせる。
石末も、この工事は初めてだった。
「減築なんて、俺もやったことがない」
現場からの帰り、石末は言った。
「壊すのは何度もやった。建てるのもやった。途中で止めるのは、初めてだ」
十二月。五階以上の撤去が進み、旧五階の床が露出した。
四階の上にある、コンクリートのスラブである。
乾は、それがそのまま屋根になるのだと思っていた。
違った。
このスラブは、これまで上の階の床だった。人が歩き、机が載り、書庫が置かれることを前提に作られている。雨水を受け、日射と温度差にさらされる屋根として作られたものではない。
柱と壁を切った端部を納める。必要な勾配を確保する。防水を施す。排水を作る。立上りを設ける。階段も昇降路も設備シャフトも、ここで終わらせる。
床を、屋根に変える工事が必要だった。
乾は、そのとき理解した。
減築は、上の階を取り除く工事ではない。上の階だった場所を、建物の終端に作り替える工事だった。
新しい屋上に、設備の機器が載っていった。
減築に合わせて空調の方式を見直したため、屋上に置く機器の構成も変わっている。
ここで一つ、調整が生じた。上を軽くしたはずの建物に、屋上の機器という重量を戻すことになる。どこまで載せていいのかを、宇津木と確認しながら決めていった。
減築後の構造条件を、新しい設備の重量で不用意に悪化させないための調整だった。
乾は図面に書き込んだ。これまで五階の床伏図だった図面が、屋上平面図になった。
年が明けて、新しい屋上が完成した。
乾は初めてそこに立った。かつて五階の床があった高さに、今は空がある。
「これで、この建物は四階建てだ」
石末が隣で言った。
乾は、自分がこの数か月見てきたものが、壊す作業ではなかったことを、そのとき言葉にできた。
上へ続いていたものを、一つずつ終わらせて、新しい終わりを作った。
それが減築だった。
現場に、長谷は数えるほどしか来なかった。
一度、乾が聞いたことがある。
「長谷さんは、来ないんですね」
石末は屋上の端を見ながら答えた。
「あれは今、庁舎が六つに分かれてるのを回してる」
乾は頷いた。
ここは、ここで回っている。
この話のFM豆知識
FMの教訓:上の階を取り除くときは、残る建物の屋根、階段、配管をどう作り直すかまで決める。
◆ この話で扱う仕事
関係するFMの仕事:プロジェクト管理/運営維持の維持保全
建物を計画するときから、使い、直し、最後に解体するまでを考えて、仕事に役立つ状態を保ち、費用を管理することが「ライフサイクルマネジメント(LCM)」です。その間にかかる費用の合計を「ライフサイクルコスト(LCC)」といいます。減築でも、完成後にどこを点検し、いつ修繕するかまで考えて設計します。
◆ 階段、配管、電線を、残る階で使える形に直す
上の階を取り除くと、そこへ続いていた階段、エレベーターの通る部分、配管、空気を送るダクト、電線も変わります。新しい最上階に合わせて作り直し、残る階で安全に使えるようにします。新しく屋上になる部分には、雨漏りを防ぐ工事と排水の経路が必要です。
◆ 屋上に載せる設備の重さを、構造設計者と確認する
上の階を減らして軽くしても、新しい屋上に設備を載せれば重さが加わります。設備担当は、機器の重さ、置く場所、点検や交換に必要な通路を示します。構造設計者は、その重さを建物が支えられるか、必要な耐震性能を確保できるかを確認します。防水や排水も、同じ図面で位置を確かめます。
◆ 物語の場面
乾は当初、減築を上の階を取り除く作業だと考えていました。工事では、階段や配管などを新しい四階に合わせて作り直し、屋根と防水を設けます。屋上の設備の重さも、構造設計者と調整します。以前は五階の床だったところが屋上になるのを見て、乾は、残る建物を使える形に直す工事なのだと理解します。
■ 担当者が行うこと
取り除く部分と残す部分を図面で示し、屋根、防水、排水、設備、点検用の通路を設計者と確認してください。完成時には、実際に施工した内容の図面、機器の情報、点検方法を受け取ります。次に直す時期と概算費用を、数年先までの保全計画と各年度の計画に記します。環境への影響を調べる場合は、解体や新設に伴う影響と、使用中の電気や燃料の変化を分けて比べます。
確認する法令・計画・庁内のルールなど
- 建築基準法などの関係法令:減築と併せて行う補強、設備の変更、新しい屋根の工事について、適用される基準と必要な手続きを設計者・所管部署に確認します(巻末資料B)。
- 設備・防水・構造の設計基準:設備の重さや置き方、防水と排水の方法、残る建物の性能を確認するために使います。
※本作はフィクションです。登場する人物・団体・自治体等はすべて架空であり、実在するものとは関係ありません。作中の制度・法令に関する記述は一般的な説明であり、最新情報は関係省庁にご確認ください。詳しい注記はこちら
一般財団法人 建築保全センター